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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)4365号 判決 1989年9月27日

原告

大石時子

被告

綿谷雅司

主文

一  被告は、原告に対し、一八一〇万九四六五円及びうち一六六〇万九四六五円に対し昭和六〇年一〇月二九日から、うち一五〇万円に対し昭和六三年六月四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、五一七六万九四五二円及びうち四七〇六万九四五二円に対し昭和六〇年一〇月二九日から、うち四七〇万円に対し昭和六三年六月四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

次のとおりの交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六〇年一〇月二九日午後六時四〇分頃

(二) 場所 兵庫県川西市平野字松尾六三〇番地先路上(国道一七三号線、以下「本件事故現場という。)

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(神戸五九ね八三七五号、以下、「被告車」という。)

(四) 態様 本件事故現場の横断歩道上を西から東へ横断中の原告に国道一七三号線を南進中の被告車が衝突した。

2  責任原因

被告は、本件事故当時、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 原告の受傷等

(1) 受傷内容

原告は、本件事故により、脳挫傷、左動眼神経麻痺、顔面神経麻痺、骨盤骨折、左上腕骨骨折、左撓骨神経麻痺、左腓骨骨折、頭部裂創等の傷害を受けた。

(2) 治療経過

原告は、前記傷害の治療のため、次のとおり入通院して治療を受けた。

<1> 事故直後ベリタス病院に救急車で搬送され治療を受けた。

<2> 昭和六〇年一〇月二九日から同年一一月三〇日まで兵庫県立西宮病院に入院

<3> 昭和六〇年一一月三〇日から同六一年一一月五日まで協立温泉病院に入院

<4> 昭和六一年一一月六日から同月二六日まで兵庫医科大学病院に入院

<5> 昭和六一年一一月二六日から同年一二月二〇日まで協立温泉病院に入院

<6> 昭和六一年一二月二一日以降は協立温泉病院に通院

(3) 後遺障害

原告は、前記のとおり治療を受けたが、前記傷害は完治するには至らず、左動眼神経・顔面神経・左尺骨神経・左撓骨神経・左坐骨神経の各麻痺、骨盤変形、記憶力低下、感情失禁等(左顔面・左上肢にしびれ、左肩・左上腕に疼痛があるほか、利き腕である左手の握力低下や左肘部が伸ばせないことなどのために左上肢での作業が困難である。左下肢に脱力・しびれ感があり、また、歩行時左大腿恥骨部に疼痛があつて歩行が困難で跛行し、臀部の突出変形のため坐位及び就寝時に円坐を必要とする。右下方視を除く全方向に複視があり、物忘れがひどく、すぐに笑うなどの症状があつて、日常生活においても制限を受け、労務に服することは著しく困難である。)の後遺障害を残している。

なお、右後遺障害については、昭和六一年一一月二〇日にその症状が固定したものとされ、自賠責保険において、精神・神経症状が自賠法施行令二条別表の九級一〇号に該当し、その他の障害と合わせて併合八級の認定がなされているが、精神神経症状は同第五級二号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当し、左上肢の症状(左肩関節の著しい機能障害として同一〇級一〇号に該当する。)及び腰部の症状(骨盤骨の変形として同一二級五号に該当する。)と合わせて同併合四級に相当するものというべきである。

(二) 損害額

(1) 治療費 一六五万八五二〇円

原告の前記治療のために一六五万八五二〇円の治療費(兵庫県立西宮病院における差額室料五万六〇〇〇円を含む。)を要した。

(2) 差額室料及び施設利用料 二五七万二〇〇〇円

原告は、協立温泉病院入院中の全期間(三六六日)個室の使用を必要とし、差額室料として一日当たり六五〇〇円、合計二三七万九〇〇〇円を同病院に支払い、更に、同病院入院中のリハビリ施設利用料として一九万三〇〇〇円を要した。

(3) 付添看護料 一五八万二五〇〇円

原告は、前記入院期間中付添看護を必要とし、近親者による付添看護を受けたので、症状が重篤であつた昭和六〇年一〇月二九日から同六一年五月三一日までの二一五日間については、一日当たり五〇〇〇円、計一〇七万五〇〇〇円の、同六一年六月一日から同年一二月二〇日までの二〇三日については、一日当りは二五〇〇円、計五〇万七五〇〇円相当の損害を被つたものというべきである。

(4) 入院雑費 四一万八〇〇〇円

原告は、前記入院期間(四一八日)中、少なくとも一日当たり一〇〇〇円、合計四一万八〇〇〇円の雑費を要した。

(5) 休業損害 五四九万六〇〇〇円

原告は、本件事故当時四一歳(昭和一九年四月一二日生)の健康な女子で、主婦として家事労働に従事するとともに、夫と自宅店舗において食料品販売業を営んでいたものであるところ、本件事故による受傷のために、事故日である昭和六〇年一〇月二九日から同六三年四月二九日までの三〇か月間休業を余儀なくされたので、その間、一か月当たり少なくとも四一歳女子労働物の平均給与月額である一八万三二〇〇円、合計五四九万六〇〇〇円の損害を被つたものというべきである。

(6) 後遺障害による逸失利益 二四七一万一四一二円

原告は、前記後遺障害によりその労働能力の少なくとも七五%を喪失したものというべきであるから、四四歳(原告の症状固定時の年齢は四四歳である。)女子労働者の平均給与月額一八万二五〇〇円を基礎収入とし、就労可能期間を四四歳から六七歳までの二三年間として、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、症状固定時の現価として算定した二四七一万一四一二円相当の得べかりし利益を喪失したものというべきである。

(7) 慰藉料 一九六一万九五〇〇円

原告が前記受傷のために受けた肉体的・精神的苦痛に対する慰藉料は、入通院中に対する分として三二四万九五〇〇円、後遺障害等に対する分として一六三七万円、合計一九六一万九五〇〇円が相当である。

(8) 弁護士費用 四七〇万円

4  損害の填補 八九八万八四八〇円

原告は、本件事故による損害につき、自賠責保険等から八九八万八四八〇円の支払いを受けた。

よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として五一七六万九四五二円及び、このうち弁護士費用を除く四七〇六万九四五二円については、本件不法行為の日である昭和六〇年一〇月二九日から、弁護士費用四七〇万円については、本件訴状送達の翌日である昭和六三年六月四日からいずれもその支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3(一)のうち、(1)、(2)及び(3)のうち自賠責保険において主張のとおりの認定がなされているとの点は認めるが、その余は否認する。

原告の神経系統の機能の障害が自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表第九級に該当するとし、その他の障害と合わせて併合八級に該当するとした自賠責保険の後遺障害等級の認定結果は、再審査のうえ慎重になされたものであり、相当である。また、原告の症状は昭和六一年五月一七日をもつて固定したものとすべきである。

3  同3(二)のうち、(1)の治療費及び(2)のうちの施設利用料については、その金額及び因果関係とも認めるが、(2)のうちの差額室料については、原告が主張の期間個室を使用し、主張のとおりの金額を支払つたことのみを認め、個室使用の必要性は争う。(3)ないし(8)は争う。

4  同4は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故発生については、原告にも、本件事故現場の横断歩道を横断するに際し、同所には押ボタン式信号機が設置されているにもかかわらず、右信号機の押ボタンを押さずに、対面の歩行者信号が赤色を表示した状態のままで横断した過失があるので、賠償額を定めるに当たつては右過失を斟酌すべきである。

2  損害の填補

原告の治療費としては、原告が自認している一六五万八五二〇円のほかに、川西市の国民健康保険から兵庫医科大学病院へ二四万七七三〇円、協立温泉病院へ二一五万六四一三円、兵庫県立西宮病院へ五七万八三七五円、合計二九八万二五一八円が支払われているので、右額も損害額及び填補額に加算すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

原告は、本件事故当時、信号機の押ボタンを押してから横断していたものであり、仮に事故の時点ではいまだ歩行者用信号が青色に変つていなかつたとしても、当時北行車線が渋滞しており、かつ雨降りであつたために視界が悪かつたにもかかわらず、制限速度の時速四〇キロメートルをはるかに越える時速七〇キロメートルで走行して本件事故を発生させた被告の過失と対比すると、原告の過失ははるかに少ないものというべきである。

2  抗弁2は知らない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生及び責任原因

請求原因1及び2は当事者間に争いがない。

二  原告の受傷内容、治療経過及び後遺障害

1  請求原因3のうち、(一)及び(二)の各事実は当事者間に争いがない。

2  前記1の争いのない事実に成立に争いのない甲第一三号証、原本の存在、成立に争いのない丙第一七ないし第二一号証、同第二三、二四号証、同第二七号証ないし第二九号証、同第三一号証の一ないし一五、同第三二ないし第三五号証、同第三九号証の一、証人木曽賢造、同大石定の各証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、事故直後前記争いのない受傷内容及び頭部顔面打撲血腫の傷害のために意識喪失、瞳孔散大、対光反射消失(左側)の状態で救急車によりベリタス病院に搬入されたが、脳外科的観察及び治療を要したため、創傷処置、注射、酸素吸入等の処置を受けただけで、即日兵庫県立西宮病院に転送されて同病院に入院し、脳外科的治療及び骨折部に対する骨接合術等の整形外科的治療を受けて全身状態が安定したのち、昭和六〇年一一月三〇日、リハビリテーシヨン目的で協立温泉病院に転院し、前記争いのない治療経過のとおり同病院に入通院して注射、投薬、理学療法等の治療を受けたほか、兵庫医科大学病院にも入院して複視の治療のための手術を受けた。

(二)  しかし、右治療にもかかわらず、原告の傷害は完治するに至らず、脳挫傷に起因する左上下肢神経の不全麻痺(しびれ、知覚鈍麻等)、軽度の感情失禁、記銘力低下、左上腕骨、左腓骨及び骨盤骨折に起因する左撓骨神経麻痺(左手指の運動障害)、左肩関節の機能障害、座骨神経麻痺、骨盤変形(歩行障害)、顔面及び左目の受傷に起因する左動眼神経麻痺、顔面神経麻痺(複視、注視障害、眼瞼障害等)等の後遺障害を残して、昭和六一年一二月二〇日にその症状が固定し、右後遺障害については、自動車保険料率算定会神戸調査事務所により、頭部及び左上下肢の精神神経症状が自賠法施行令二条別表の第九級一〇号に、左肩関節の機能障害が同第一〇級一〇号に、骨盤骨の変形が同第一二級五号に、複視が同第一二級に該当し、併合して八級に該当する旨の認定がなされている。

(三)  原告の後遺障害については、前記のとおり併合八級の認定がなされているが、その具体的な内容及び日常生活に対する影響は、利き腕である左手の各指について、指節間関節に屈曲障害があるうえ、各指の筋力低下により握力がきわめて低下しているため左手で巧緻作業や握力を要する作業をすることはできず、また、左肩関節についても、挙上が前方、後方、側方ともに健側である右肩の三分の一前後にまで制限されているため、左手の挙上を要するような動作、作業はできない。また、左下肢についても、骨盤骨折に伴う坐骨神経の損傷による脱力感、しびれ感、右骨折部の変形治癒による大腿骨骨頭位の二センチメートルの左右差等のために跛行し、かつ歩行時に左大腿骨恥骨部に疼痛があるため歩行が困難で、歩行時杖を必要とし、更に、右骨折部の変形治癒のために臀部が突出変形し、坐位及び就寝時に円坐を必要とする。眼症状については、複視の消失する範囲が右下方のわずかな部分に限られているうえ、疲れると左眼に眼瞼の開閉障害及び流涙があるため、複視が消失する状態を維持して事物を長く注視するのは困難である。なお、感情失禁は軽度で意思の疎通を欠くようなものではないので、そのために日常生活に支障を生ずるようなことはないが、記銘力低下のために日常生活、特に社会的接触の場で支障が生ずることがある。

なお、被告は、原告の症状は昭和六一年五月一七日をもつて固定したものとすべきである旨主張し、前掲丙第三二号証には、右主張に副う内容の記載があるが、前掲丙第一七号証、同第三二ないし第三五号証によれば、原告の左肩及び左手指の運動障害の程度は、測定日によつて測定値に多少のばらつきはあるものの、昭和六一年一二月以降の測定結果である丙第一七号証、同第三三、第三四号証記載の障害の程度は、同年六月九日時点の測定結果である丙第三二号証記載のそれと比べると著明な改善があることが認められる(この認定に反する証人木曽賢造の証言は採用しない。)ので、丙第三二号証中の前記記載により原告の症状が同年五月一七日をもつて固定したものとすることはできず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

三  損害額

1  治療費、施設使用料 一八五万一五二〇円

請求原因3(二)(1)(治療費一六五万八五二〇円)は当事者間に争いがなく、また、同(2)のうち、原告が協立温泉病院入院中にリハビリ施設利用料一九万三〇〇〇円を要したことも当事者間に争いがない。

2  差額室料 五九万一五〇〇円

請求原因3(二)(2)のうちの協立温泉病院入院中の差額室料については、原告が同病院入院中その主張の期間個室を使用し、主張のとおりの差額室料を支払つたことは当事者間に争いがないが、被告は個室使用の必要性(因果関係)を争うので判断するのに、前掲丙第二九号証、同第三一号証の二ないし五、原本の存在、成立に争いのない同第一三号証、証人大石定の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六〇年一一月三〇日に協立温泉病院に転院した当時は、全身状態が安定してきたものの、わずかにべツト上で座位を取ることが可能になつた程度で、起立歩行は不可能であり、ベツト上で安静を要し、転院当初はトイレにも行けない状態であつたこと、同年一二月末より起立歩行訓練を開始したが、同六一年二月末頃までは、日常生活動作の自立が困難で常に監視介助を要する状態であり、同病院の担当医師も昭和六一年一月三一日付及び同年二月二八日付の各診断書において、右を理由に個室使用の必要性を積極的に肯定していたことが認められ、以上のような原告の転院当初の症状の重篤性を考慮すれば、原告が右病院に転院した昭和六〇年一一月三〇日から同六一年二月末日までの九一日間について個室使用の必要性を肯定することができるので、右九一日間に当事者間に争いのない一日当たりの室料六五〇〇円を乗じた五九万一五〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

なお、前掲丙第三一号証の九ないし一四(同病院医師作成の昭和六一年六月から同年一一月までの間の診断書)中にも、原告の社会復帰訓練のために個室の使用を認める旨の記載があるが、前掲丙第三三号証、証人木曽の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告が協立温泉病院において行つていた訓練の内容は、歩行訓練、左手の筋力増強及び機能回復訓練、右手による作業訓練等であることが認められるところ、右訓練内容に鑑みれば、原告は昭和六一年三月一日以降もなお日常生活動作に介助を要したとしても、全身状態は相当回復していたものと考えられるから、前記各記載のみにより個室使用の必要性を肯定することはできず、他にこれを肯定しうるような証拠は存しないから、同日以降の分については本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできない。

3  付添看護料 九六万七五〇〇円

前認定の原告の受傷内容と前掲甲第一三号証、丙第二九号証、同第三一号証の三、証人木曽賢造、同大石定の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、兵庫県立西宮病院入院中及び協立温泉病院転院後昭和六一年五月末日までの二一五日間は常時付添による看護ないし介助を要し、県立西宮病院入院中は原告の友人が好意により、転院後は主に原告の母が、副次的に原告の夫が付添つて看護したことが認められる。

右事実によれば、原告は、右期間中に一日当たり四五〇〇円、合計九六万七五〇〇円の付添看護(介助)料相当の損害を被つたものと認めるのが相当である。

なお、前掲甲第一三号証、丙第三一号証の九ないし一一には、昭和六一年六月以降も、付添看護ないし機能訓練のための随時付添を要する旨の記載があるが、証人大石定の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告の母は同年六月ころには既に沖縄に帰郷しており、その後は原告の夫や子供達が仕事や学業の終了後に病院を訪れ、その折に洗濯物を持ち帰るなどの世話をしていたのに過ぎないから、六月以降については、付添看護をしたものとまでは認め難く、従つて、これによる損害を被つたものとは認められない。

4  入院雑費 四一万八〇〇〇円

前認定の原告の受傷内容、治療経過に鑑みれば、原告は四一八日間の入院期間中に一日当たり一〇〇〇円、合計四一万八〇〇〇円の雑費を要したものと推認することができる。

5  休業損害 二七九万〇七五一円

当事者間に争いのない前記受傷内容、入・通院状況と前認定の原告の治療経過に証人大石定の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和一九年四月一二日生(本件事故当時、四一歳)の健康な女子で、夫との間に二男一女の小中学生の子女を持つ主婦として、家事をとるかたわら夫の食料品販売業を助け、行商に出ることの多い夫の留守を守つて自宅一階の店舗の店番等をしていたが、本件事故による受傷のため事故当日である昭和六〇年一〇月二九日から症状が固定した翌六一年一二月二〇日まで四一八日間の入院加療をし、その間休業を余儀なくされたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告は、右休業期間中一年につき昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の四一歳の女子労働者の平均年収額二四三万六九〇〇円の割合による二七九万〇七五一円(一円未満切捨、以下、同じ。)の休業損害を被つたものと認めるのが相当である。

(計算式)

2,436,900÷365×418≒2,790,751

6  後遺障害による逸失利益 一九四九万九二二二円

前認定の原告の後遺障害の内容及び程度に前掲丙第三三ないし第三五号証、証人木曽賢造、同大石定の各証言、及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、起立や衣服の着脱に時間がかかつたり、タオルを絞ることができないことなどの不便、不都合はあるものの、その他の日常生活の動作、活動はほぼ自立により可能であること、家事労働についても、包丁でみじん切りをしたりりんご等の皮をむいたりするような細かい作業及び洗濯物を干したり、タオル、雑布等を絞つたりするような握力又は左手の挙上を要する作業はできないものの、その他の作業は道具ややり方を工夫することにより実用的に可能であり、インスタント食品の利用が多くなつているが、ほとんどの家事は原告が特に支障を生ずるようなこともなく遂行していること、しかし、従前原告が店番をしていた自宅店舗は、原告の記銘力の低下と歩行障害のために顧客の応対が困難な状況にあるので、事故後は閉店したままであることが認められること(甲第一三号証、丙第三四号証及び証人木曽賢造の証言中には、原告は家事労働を殆どなし得ないとの記載ないし供述部分があるが、同証言の他の部分に照らしても、右記載ないし供述部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)を合わせ考えれば、原告は、本件事故による受傷の後遺障害により、就労可能期間を通じ平均してその労働能力の五〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当であるところ、原告が昭和一九年四月一二日生の健康な女子で、主婦として家事労働等に従事するとともに家業の食品販売業を手伝つていたことは前認定のとおりであるから、症状固定時である昭和六一年一二月二〇日(当時原告は満四二歳)以降六七歳まで二五年間就労可能であつたものと推認される。

以上の事実によれば、原告は本件事故による後遺障害のために昭和六一年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の四二歳の女子労働者の平均年収額二五二万八〇〇〇円を基礎収入とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出した本件事故当時の現価である一九四九万九二二二円の得べかりし利益の喪失による損害を被つたものと認めるのが相当である。

(計算式)

2,528,000×0.5×(16.3789-0.9523)≒19,499,222

7  慰謝料 一〇四五万円

前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺障害の内容・程度(特に右下方を除く全方向複視の後遺障害が残つたことにより、日常生活において少なからぬ苦痛を受けていることが推認される。)その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、一〇四五万円が相当であると認められる。

四  過失相殺

原本の存在、成立に争いのない丙第五号証、同第八号証ないし第一〇号証、同第一五、第一六号証及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  本件事故現場は、市街地である兵庫県川西市平野字松尾六三〇番地先路上で、南北に走る国道一七三号線(片側一車線、路側帯を含めた車道の幅員一〇メートルで、事故現場付近の速度制限は時速四〇キロメートルである。以下「国道」という。)と、これと交差する東西両方向からの各道路(いずれも国道より狭い)との交差点であり、右交差点には、国道を渡る一本の横断歩道と押ボタン式信号機(国道車両用、東西車両用及び東西横断歩行者用)が設置されているが、本件事故当時の右各信号機の表示状況は、押ボタンを押さない状態では、国道車両用信号は黄色点滅を、東西横断歩行者用信号は赤色を表示(東西車両用は赤色点滅)し、歩行者が押ボタンを押せば、国道車両信号は直ちに青色表示に変わり、東西横断歩行者用信号は一五秒ないし一六九秒経過したのちに青色表示に変わるというものであつた。本件事故当時、通勤時間帯であつたこともあつて、事故現場付近の国道北行車線は渋滞しており、車両は停止しているのに近い状態であつたが、南行車線の通行車両は少なく、また、路面は事故前に降つた雨で漏れていた。

2  原告は、徒歩で本件事故現場の交差点に差し掛かり、前記横断歩道上を通つて国道を西から東へ横断しようとしたが、その際、信号機の押ボタンを押さずに、渋滞車両の間から小走りで横断を開始して、国道南行車線の横断歩道上で本件事故に遭遇したものである。

3  被告は、帰宅のため被告車を運転して時速約七〇キロメートルの速度で国道を本件事故現場に向かつて南進中、本件事故現場の手前約五〇メートルの地点で前方の国道中央付近の横断歩道上に人影(原告)を認めたが、対面信号は黄色点滅を表示していたので、歩行者用信号は当然赤色表示であり、歩行者は自車の通過を待つてくれるものと考えて、単に時速六〇キロメートル程度に減速したのみで進行を続けていたところ、本件事故現場の手前約二三・二メートルの地点に至つて原告が自車の進行方向に向かつて横断をつづけているのに気付き、直ちに急制動の措置を取つたが間に合わず、原告に自車左前部を衝突させたものである。

4  本件事故現場は通学路にもなつているが、前記のとおり国道の幅員がさほど広くなく、他方、押ボタンを押してから歩行者用信号が青色を表示するまでには最短でも一五秒、長いときは一六九秒もかかるところから、児童が押ボタンを押さずに横断する姿もまま見受けられていた。

5  被告は、本件事故現場の近くのガソリンスタンドに勤務しており、通勤のため本件事故現場を通行するので、本件事故現場付近の状況はよく知つていた。

なお、原本の存在、成立に争いのない丙第一一号証、同第一四号証及び原告本人尋問の結果中には押ボタンを押してから横断した旨の供述ないし供述記載があるが、丙第一〇号証(目撃者である訴外大和サチコの警察官に対する供述書)の記載内容、前認定の信号表示の周期に照らせば、右供述ないし供述記載は採用することができず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故発生については、原告にも、事故現場の押ボタン式信号機の押ボタンを押さず、従つて、対面信号は赤色を表示していたにもかかわらず、渋滞車両の間から南行車線上の安全を確認しないで横断した過失があることが明らかであるが、前認定のとおり、制限速度四〇キロメートルをはるかに越える時速七〇キロメートルで進行し、しかも横断歩道上に人影を認めながら、わずかに減速したのみで直ちに急制動の措置をとらなかつた被告の過失も重大であるというべきである。更に、歩行者用押ボタン式信号機の押ボタンを操作する前の状態における赤色表示は、これに対応する車両用信号が黄色表示で、青色表示とは異なり他の交通に注意して進行することを許容しているのにすぎないから、通常の信号機の停止信号と同視することはできず、しかも本件事故現場の国道は、前認定のとおり、車道の幅員が路側帯を含めても一〇メートルに過ぎず、他方、歩行者の青信号に変るまでの待ち時間は最短でも一五秒、長いときは一五九秒にもなるところから、信号機を操作せずに横断する者もまま見受られており、特に一方の車線が渋滞し、他方の車線が空いている場合で横断歩行者が一人だけの場合は、渋滞車両に対する遠慮もあつて信号機を操作しないままの横断がなされがちであると考えられるところ、被告は事故現場近くのガソリンスタンドに勤務し、事故現場を度々通行していたのであるから、横断歩道の存在のみならず、右のような状況についても十分知つていたものと考えられ、このような本件事故現場の具体的状況をも考慮すると、原告の前記過失の割合は三割とみるのが相当である。そこで、原告の右過失を斟酌し、原告の前記四の損害額の総計三六五六万八四九三円からその三割を控除するのが相当である。

五  損害の填補

1  請求原因4の事実(合計八九八万八四八〇円の損害填補を受けたこと)は当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない丙第三八号証の二ないし六及び弁論の全趣旨によれば、川西市の国民健康保険から兵庫県立西宮病院へ五七万八三七五円、協立温泉病院へ二一五万六四一三円、兵庫医科大学病院へ二四万七七三〇円、合計二九八万二五一八円が原告の昭和六一年一二月三一日までの治療関係費として支払われていることが認められる。

しかし、国民健康保険法六四条の規定に鑑みると右保険給付も原告の損害の填補とみるのが相当であるが、健康保険は賠償又は保障請求権の存在と前提とし、これにより給付の限界が画される責任保険の性質を有するものではなく、その給付は、同法六〇条ないし六三条の場合を除き、被保険者に全面的な過失がある場合にもなされるものであるから、右給付は過失相殺前の損害額からこれを控除すべきものと解するのが相当であり、そうだとすると、原告が右給付により支払のなされた治療費を請求していない本件においては、右給付額を総損害に加算したうえで過失相殺前にこれを控除するのは無意味であるから、右額を損害額及び填補額に加算すべき旨の被告の主張は採用しない。

3  以上によれば、填補額を控除した原告の損害額は、一六六〇万九四六五円となる。

六  弁護士費用

証人大石定の証言によれば、原告が本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として請求額の一割を支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は一五〇万円と認めるのが相当である。

七  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、一八一〇万九四六五円及び右金員のうち一六六〇万九四六五円に対する不法行為の日である昭和六〇年一〇月二九日から、弁護士費用一五〇万円に対する不法行為の日の後であり訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年六月四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇 本田俊雄 中村元弥)

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